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『ゲイ術 三昧の日々』

このブログは、管理人(ゲイです)の『オペラ』に関する個人的な備忘録です。そして、もう一つ、日々の感慨の記録です。

黄昏を迎えるゲイの独り言 NHK Eテレで、歌舞伎座の杮落としの番組を見て

高齢化社会であることは、百も承知しています。

管理人の職場も、家事手伝いなどバカにしたオールドミスと、寿退社をせずに旦那と二人で強欲に稼ぎまくる女が、ウヨウヨいるせいもあるのですが、若い人間を採用することができず、完全な高齢社会となっています。

また男も、高齢の従業員が、やせ我慢で頑張り過ぎていて、これでもかこれでもかと、稼ぎまくって老後の貯えを増やしています。

ベテランだけに、一生懸命骨身を削って働いてますよぉ〜、って顔をしながら、キッチリ手抜きにもぬかりありません。

 

昨晩、表題にある『歌舞伎座の杮落し講演』を観て、7代目尾上菊五郎の弁天小僧は、さすがにいただけないと思いました。

いただけないと言うか、「どうせお前ら分りゃしねぇだろうから、これでも有難がって観ていきなぁ!」って馬鹿にされたような不快感を味わいました。

白塗りの化粧は浮いているは、二重顎を叩きながら「この細首」と言うは、動きが「ドッコイショ、ドッコイショ」と緩慢だは、もう妖怪のようで気持ち悪くて気持ち悪くて観ていられない状態でした。

よく言う、観ているこっちが恥ずかしいとは、まさにこのことです。

『稲瀬川勢揃い』の5人の白波男も、初老から棺桶間近までが勢揃いで、『三途の川勢揃い』って感じでした。

『浜松屋の段』の弁天小僧は、倒錯をいい意味で活かした素晴らしい本ですが、水も滴る美少年が演じなければいただけません。20歳過ぎたら、もうダメです。

歌舞伎界の重鎮と言われている人たちは、舞台に立つなら立つで、もう少し演じる役柄を考えて、頑張り過ぎないで欲しいものです。祝いの舞台だから、松竹が名人を並べた意図は理解しないでもないが、役者本人が断るぐらいの『いさぎイイ客観性』が欲しいところ。

若い世代に、若い役柄は譲ってくださいね。テレビの世界では考えられないことですよ。梨園のぬるま湯に浸らないでくださいね。

周りの阿鼻追従の言葉に気分をよくして理性を忘れ、自分が自分がと出しゃばる心根は、その容姿以上に醜いです。

 

管理人は、ますます歌舞伎が嫌いになりました。

20代のころは夢中だったのですが。

 

菊五郎に、『徒然草』第152段を読ませたい。

西大寺静然上人(じょうねんしょうにん)、腰屈まり、眉白く、まことに徳たけたる有様にて、内裏へ参られたりけるを、西園寺内大臣殿、『あな尊の気色や』とて、信仰の気色ありければ、資朝卿、これを見て、『年の寄りたるに候ふ』と申されけり。 
後日に、尨犬(むくいぬ)のあさましく老いさらぼひて、毛剥げたるを曵かせて、『この気色尊く見えて候ふ』とて、内府へ参らせられたりけるとぞ。

 

 

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13代目市川羽左衛門(後の5代目尾上菊五郎)の弁天小僧菊之助