偉大なる叙事詩『イリアス』
「怒りを詠え。女神よ。ペリウスの子、アクレスの怒りを。」と格調高く始まる『イリアス』。
言わずと知れた大叙事詩で、紀元前8世紀頃のギリシャの詩人ホロメスが作った、あるいは吟じたと言われている。
このホロメス、実在の人物かどうかも、よく判っていない。
しかし、とにかく古い叙事詩であることは確実である。
一口に古代ギリシャ人と言っても、我々がイメージするパルティノン神殿を作ったギリシャ人とは、
この叙事詩に登場する英雄たちは人種が違う。
彼らは、もう一つ前の人種、ミケーネ文明を作った人種である。
このミケーネ文明は、我々がイメージするあの古代ギリシャ人に鉄器でもって、最終的には滅ぼされたのだ。
さて、我々がイメージするギリシャ人は、ご存知の通り、洗練の極地と言える優美な『美』を作り上げた。
しかし、この『イリアス』時代のギリシャ人は、やや違うようだ。
野趣と生命力に溢れ、征服欲と好奇心が旺盛。
屋敷も、丸太作りで、人によれば洞穴などに住んでいたかもしれない。まあ、野蛮人である。
肌に柔らかい衣服も、複雑な香辛料入りの食材もなかったであろう。
そんな彼らと、嫉妬と欲望と支配欲の塊のような神々が繰り広げる、
実に壮大な物語、それが『イリアス』である。
「アキレウスが怒った」と突然に物語は始まるが、
当時のギリシャ人は、その怒りの理由は知っていた。
「桃太郎が黍団子を与えた」と言えば日本人なら、
それが何の事かわかる感覚に近いらしい。
この『イリアス』の魅力は、手に汗握るストーリーの展開もさることながら、
何よりも、古代人の呼吸、ウブで純朴な、古代ギリシャ人の気配が濃厚に感じられる、そこにある。