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『ゲイ術 三昧の日々』

このブログは、管理人(ゲイです)の『オペラ』に関する個人的な備忘録です。そして、もう一つ、日々の感慨の記録です。

パゾリーニ三昧の休日

高校生の頃、パゾリーニが『ソドムの市』を撮り終わり、公開間近と知ったのは、父親の『大人の雑誌』の盗み読みからでした。

非常にオマセであったボクは、小学3年生の頃には、同性愛やSMは当然、スカトロジーも感覚的に理解していました。(ただ残念ながら、スカトロの趣味を持つほど尖った感性は、今に至って持っていませんが・・・・・・・)

 

秋の暇な休日であった今日、何気にパゾリーニの『デカメロン』を観始めたところ、もう止まらなくなってしまって。

何度観たか分からない『デカメロン』なのですが。

 

ただ、この年齢で観ると、パゾリーニのずば抜けた才能が、ひしひしと感じられ、齢を追うごとに、「モノゴトの見え方が違ってくるのだよ」とよく人口膾炙されているのは、事実だと実感しました。

 

若い頃、あれほどに違和感を持った猥雑さと、画面の荒々しさや揺れ(ボクは端正な映像が好きなのです)も、パゾリーニのよさ、いやひょっとすると彼の計算ではないかと、得心。

 

生の三部作、いわゆる「パゾリーニ艶笑三部作」である『デカメロン』『カンタベリー物語』『アラビアンナイト』は、イタリア・イギリス・アラビアの雰囲気を咽返るほど濃厚に切り出しているなぁ、と改めて感心。

映画史の中で、ここまでリアルな雰囲気を出せているものは、そうそうお目にできません。

特に『デカメロン』がよかったなぁ。

マエストロ・ジョットー高弟を演じたパゾリーニ自身が最後に語る「夢の方が素晴らしいのに、なぜ描き続ける」と独り言ちのあと、唐突の『FINE』。

この突き放したような終わり方。

パゾリーニは、とにもかくにも、唐突な終わらせ方が、シャレていて、憎たらしい。すべての作品(全部観ていませんが)が、終わり方が「あれぇ?」となっていて、これがいいんだよねぇ。

一つ一つのエピソードに、はっきりとした区切りがないところ、これまた結構。

 

そして、流石は男の撮り方が上手い。

パゾリーニの映画に出る男たちは、歯抜けのエキストラに至るまで、みんな魅力的。どこで、探してくるのだろうか?

特に、男の子たちは、みんなカッコよく、可愛く、恋してしまいそう。

 

カンタベリー物語』の男娼を演じた男の子が、いやらしく哄笑するシーンがあるが、どこであれほど男娼に適した男の子が何処にいようか、とまた感心。

 

町のざわめき。

下手と味わいの、きわどいバランスを持った鼻唄。

口笛。

こう言った音の効果も最高。

 

画像の色彩は流石。

ざらついた、不浄な衣装。

非衛生的な口内。

汚れた壁。

そんな中にハッとするような美青年・美少年・美女を配して、

騒がしく物語が交差する。

本当に、いい映画です。

 

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『ソドムの市』ですが、いい映画なのですが、ボクには『生の三部作』ほどのインパクトはなのですよねぇ。

ただ、華やかに着飾った女たちがピアノ伴奏に合わせて「何々様のご趣味はまたいたく変わっておりまして・・・・・」と、どぎつい化粧のルージュの唇を上下させ、猥雑この上ないな話を、大時代的に語るシーンが、昔から大好き。

ボクは上品と下品が入り混じった合ったものが、大好きなのですよ。

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 『豚小屋』は、中期の端正な作りこみですが、『若での至り』と言った甘チャン映画でした。気負い過ぎです。

『文学』も『音楽』も『絵画』も『映画』も、まじめに作ったモノは案外よくない。

作った本人が楽しんで余裕を持って作った作品ほどいい。

一生懸命の作品は、観ていて疲れるんだよねぇ。

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しかし、パゾリーニの映画によく出ている、ニネット・ダヴォリ ってどんな役者なのだろうか?