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『ゲイ術 三昧の日々』

このブログは、管理人(ゲイです)の『オペラ』に関する個人的な備忘録です。そして、もう一つ、日々の感慨の記録です。

久々の能鑑賞『小鍛冶』2016/6/15

能「小鍛冶」は祝言性の高い切能の傑作である。わかりやすい筋書きに沿って、動きのある舞が華やかな舞台効果を作り上げる。囃子方と謡も軽快でリズミカルだ。全曲を通じて観客を飽きさせることがなく、現在でも人気曲の一つとなっている。始めて能を見る人でも十分に楽しめ、それだけに上演頻度も高い。

作者、典拠は不明であるが、古い能であるらしい。浄瑠璃や歌舞伎にも取り上げられている。稲荷大明神の神徳によって名刀を作るという筋からして、あるいは、刀鍛冶集団と稲荷霊験譚が結びついた古い伝説があったのかもしれない。

筋書きは、一条の院より剣の鋳造を命ぜられた小鍛冶三条宗近が、進退窮って稲荷明神に救いを求め、その神力によって無事名刀小狐丸を打ち上げるという単純なもの。前段では、童子に姿を変えた稲荷明神が、漢家本朝の剣にまつわる伝説を語り、後段では明神自ら手を貸して剣を打つ場面が演じられる。ともに見所、聞き所に富んだ場面である。(なお、小鍛冶とは刀工をさしていう当時の言葉)

舞台にはまず、一条の院の勅使が現れ、三条宗近に剣の鋳造を命じる宣旨を伝える。(以下、テキストは「半魚文庫」を活用。)

ワキツレ詞「これは一条の院に仕へ奉る橘の道成にて候。さても今夜帝不思議の御告ましますにより。三条の小鍛冶宗近を召し。御剣を打たせらるべきとの勅諚にて候ふ間。唯今宗近が私宅へと急ぎ候。いかに此家の内に宗近があるか。
ワキ「宗近とは誰にてわたり候ふぞ。
ワキツレ「是は一条の院の勅使にてあるぞとよ。さても帝今夜不思議の御告ましますにより。宗近を召し御剣を打たせらるべきとの勅諚なり。急いで仕り候へ。
ワキ「宣旨畏つて承り候。さやうの御剣を仕るべきには。われに劣らぬもの相鎚を仕りてこそ。御剣も成就候ふべけれ。これはとかくの御返事を。申しかねたるばかりなり。
ワキツレ「げに/\汝が申すところは理なれども。帝不思議の御告ましませば。頼もしく思ひつゝ。はや/\領承申すべしと。重ねて宣旨ありければ。
ワキ上歌「此上は。とにもかくにも宗近が。
地「とにもかくにも宗近が。進退ここに谷まりて。御剣の刃の乱るゝ心なり
けり。さりながら御政道。直なる今の御代なれば。若しも奇特のありやせん。それのみ頼む心かな。それのみ頼む心かな。
ワキ詞「言語道断。一大事を仰せ出されて候ふものかな。かやうの御事は神力を頼み申すならではと存じ候。某が氏の神は稲荷の明神なれば。これより直に稲荷に参り。祈誓申さばやと存じ候。

宣旨を賜った宗近は、自分一人の力ではとても出来るものではないと思い、氏神たる稲荷明神のもとに救いを求めてやってくる。すると一人の童子が現れ、悩める宗近に声をかける。

シテ呼掛「なう/\あれなるは三条の小鍛冶宗近にて御入り候ふか。
ワキ「不思議やななべてならざる御事の。我が名をさして宣ふは。いかなる人にてましますぞ。
シテ「雲の上なる帝より。剣を打ちて参らせよと。汝に仰せありしよなう。
ワキ「さればこそそれにつけても猶々不思議の御事かな。剣の勅も唯今なるを。早くも知し召さるる事。返す%\も不審なり。
シテ「げにげに不審はさる事なれども。われのみ知ればよそ人までも。
ワキ「天に声あり。
シテ「地に響く。
上歌地「壁に耳。岩の物いふ世の中に。岩の物いふ世の中に。隠はあらじ殊になほ。雲の上人の御剣の。光は何か闇からん。唯頼めこの君の。恵によらば御剣もなどか心に適はざる。などかは適はざるべき。

不思議がる宗近に対して、童子は君の恵みがあれば、必ず願いが適うといい、漢家本朝における剣の功徳について語り始める。

話の内容は、主に日本尊と草薙の剣についてである。ここは三段グセと呼ばれ、この曲前半の見せ場ともなっている。

クリ「それ漢王三尺の剣。居ながら秦の乱を治め。又煬帝がけいの剣。周室の光を奪へり。
シテ「その後玄宗皇帝の鍾馗大臣も。
地「剣の徳に魂魄は。君辺に仕へ奉り。
シテ「魍魎鬼神に至るまで。
地「剣の刃の光に恐れて其寇をなす事を得ず。
シテ「漢家本朝に於て剣の威徳。
地「申すに及ばぬ奇特とかや。
クセ「また我が朝のそのはじめ。人皇十二代。景行天皇。みことのりの御名をば日本武と申しゝが。東夷を。退治の勅を受け。関の東も遥なる。東の旅の道すがら。伊勢や尾張の海面に立つ波までも。帰る事よと羨み。いつかわれも帰る波の。衣手にあらめやと。思ひつゞけて行くほどに。
シテ「こゝやかしこの戦に。
地「人馬巌窟に身を砕き。血は?鹿の川となつて。紅波盾流し数度に及べる夷も兜を脱いで矛を伏せ。皆降参を申しけり。尊の御宇より御狩場を始め給へり。頃は神無月。二十日余りの事なれば。四方の紅葉も冬枯の。遠山にかゝる薄雪を。眺めさせ給ひしに。
シテ「夷四方を囲みつゝ。
地「枯野の草に火をかけ。余炎しきりに燃え上がり。かたき攻鼓を打ちかけて。火炎を放ちてかゝりければ。

「血は?鹿の川となつて」といい、「余炎しきりに燃え上がり」といい、次第に興奮が高まってくるうち、シテは扇を大きくかざして剣を抜く仕草を見せ、「忽ちこゝにて失せてんげり」のところに来て、身振り大きく足を動かし、敵を蹴散らす様子を演ずる。

シテ「尊は剣を抜いて。
地「尊は剣を抜いて。あたりを払ひ。忽ちに。炎も立ち退けと。四方の草を。薙ぎ払へば。剣の精霊嵐となつて。炎も草も。吹き返されて。天にかゞやき地に充ち/\て。猛火は却つて敵を焼けば。数万騎の夷どもは。忽ちこゝにて失せてんげり。其後。四海治まりて人家戸ざしを忘れしも。その草薙の故とかや。唯今。汝が打つべき其の瑞相の御剣も。いかでそれには劣るべき。伝ふる家の宗近よ。心安く思ひて下向し給へ。

童子の語ることをますます不思議に感じた宗近は、その正体を確かめようとするが、童子は名を名乗らず、ただ剣を打つ準備をせよと言い残して去る。

ワキ詞「漢家本朝に於て剣の威徳。時に取つての祝言なり。さて/\御身は如何なる人ぞ。
シテ「よし誰とてもたゞ頼め。まづ/\勅の御剣を。打つべき壇を飾りつつ。その時我を待ち給はゞ。
地「通力の身を変じ。通力の身を変じて。必ずその時節にまゐり会ひて御力を。つけ申すべし待ち給へと。夕雲の稲荷山。行くへも知らず失せにけり。行くへも知らず失せにけり。

(中入)間狂言では、宗近の下人が出てきて、これまでの事情を復唱したうえで、童子の言葉に従って壇を設えるべき趣旨を述べる。その言葉に従って、舞台には壇が設けられる。

後シテは稲荷明神そのものである。小飛出という狐に似た獣様の面を被り、冠には狐の像を戴いている。

ワキノツト「宗近勅に随つて。即ち壇にあがりつつ。不浄を隔つる七重の注連。四方に本尊をかけ奉り。幣帛を捧げ。仰ぎ願はくは。宗近時に至つて。人皇六十代。一条の院の御宇に。其職の誉を蒙る事。これ私の力にあらず。伊弉諾伊弉冉の。天の浮橋を踏みわたり。豊芦原を探り給ひし御矛より始まれり。その後南瞻僧伽陀国。波斯弥陀尊者より此方。天国ひつきの子孫に伝へて今に至れり。願はくは。
地「願はくは。宗近私の功名にあらず。普天卒土の勅命によれり。さあらば十方恒沙の諸神。唯今の宗近に力を合はせてたび給へとて。幣帛を捧げつゝ。天に仰ぎ頭を地に付け。骨髄の丹誠聞き入れ納受。せしめ給へや。
ワキ「謹上再拝。
(早笛)
地「いかにや宗近勅の剣。いかにや宗近勅の剣。打つべき時節は虚空に知れり。頼めや頼め唯たのめ。

曲は終末に向かっていよいよ高まりを見せ、勢いのよい囃子にのってシテの舞がある。そして、稲荷明神、宗近ともに壇上に上がり、互いに呼吸を合わせて剣を打つ仕草を演ずる。クライマックスに相応しい、迫力ある場面である。

(舞働)
後シテ「童男壇の。上にあがり。
地「童男壇の。上にあがつて。宗近に三拝の膝を屈し。扨御剣の。鉄はと問へば。宗近も恐悦の心をさきとして。鉄取り出し。教の鎚をはつたと打てば。
シテ「ちやうと打つ。
地「ちやう/\/\と打ち重ねたる鎚の音。天地に響きて。おびたゝしや。
ワキ詞「かくて御剣を打ち奉り。表に小鍛冶宗近と打つ。
シテ「神体時の弟子なれば。小狐と裏にあざやかに。
地「打ち奉る御剣の。刃は雲を乱したれば。天の叢雲ともこれなれや。
シテ「天下第一の。
地「天下第一の。二つの銘の御剣にて。四海を治め給へば。五穀成就も此時なれや。即ち汝が氏の神。稲荷の神体小狐丸を。勅使に捧げ申し。これまでなりと言ひ捨てゝ。又群雲に飛び乗り。又群雲に。飛びのりて東山稲荷の峯にぞ帰りける。

稲荷明神自ら、稲荷の神体小狐丸を勅使に捧げて、一曲は終わる。この結末から見ても、この曲は刀鍛冶の職能集団と深いかかわりのあったことを伺わせる。

さて、京都の三条通り沿いに、三条宗近の旧居跡と題する碑石が、謡蹟として立てられている。宗近の実像については、あまりわかってはいないようだが、平安時代に生きた刀工(小鍛冶)であったことは間違いないらしい。三条の銘のある刀剣「三日月三条」が国宝に指定され、天下の五名剣に含められている。

また、祇園祭長刀鉾の鉾頭の長刀も宗近の作と伝えられている。

 

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