『夜明け前』のすさまじい文体
島崎藤村の初期には、ややシャベリ過ぎ意気込み過ぎの、若気の至りの作品がある。
しかし、『千曲川のスケッチ』や『若菜集』を読めば分かるが、若いころから文章の叙情の可能性を分かっていた、そんな作家である。
叙情といえば、ノーベル賞作家 川端康成がいるが、島崎に比べると、一段下がるように思える。
その島崎の最高傑作と言えるのが、『夜明け前』である。
主人公青山半蔵の半生を語った長い小説である。
幕末の時代の色合いや、木曽の日々の生活臭が、手にとるように、語られている。
その長短繰り返される文章は、さながら音楽のように縺れ絡み、その挙句にサラリと流れる。
その調べは決して甘ったらしくない。
当然、川端のようにメソメソしたもの、でもない。
サック、サックと、心地さえいい本物の文章。
ベートウベンの音楽に似ている。