やはり語らないわけにはいかない『失われた時を求めて』
『失われた時を求めて』の全巻を¥13000-ぐらいだったか、大学のコープで購入したのは、今から30年も前です。
大学時代、何度も挑戦しましたが、結局読み進めることができず、完読できたのは30代の後半だったと思います。半年かけて読みました。
ナポレオン3世・ウジェニー皇后時代のパリのスノッブな風物が、ヒステリックに長々と綴られた小説です。
これは、いい意味でのオネエ小説。
人類は、保存し鑑賞するに値するオネエ小説をまた一つ獲得しました。
ところで、僕個人が『失われた時を求めて』にどのように感想を持ったかというと、大小説だけに完読の充実を味わうことはでき、更に、一つ一つの情景やその表現(極端な皮肉と極端な賛美の表現)の面白さを、「これでもかぁ」っと、味わいましたが、なぜか気分は消化不良。
長大な大鳴り物入りの小説にしては、形而上学的なテーマが希薄過ぎることが理由のひとつ。
それと、やはり、原語で読まない(読めない)ので、文章の音の雰囲気が届かず中途半端だったのでしょうか?
日本人は、日本人の文学を味わうのが一番なのでしょうね。