谷崎潤一郎の『夏菊』
谷崎の三番目の奥様である松子夫人は、根津商店と言う大店の御寮さんでした。
谷崎と松子夫人のお揃いの、有名な2ショットです。
松子夫人は谷崎との結婚の前に、大阪の豪商根津商店の主人との間に、一男一女をもうけています。
しかし、根津商店は倒産し、夫は末の妹と駆け落ちをするといった、スキャンダルにまみれた悲惨な家の夫人となってしまいました。
小説『夏菊』は、この没落した根津家を舞台とした物語です。
債権者から隠している財産のことまで、ナマナマしく描かれています。
この物語は、昭和初期の、落ちぶれたブルジョアの気怠い雰囲気に、濃霧がごとく包まれています。
連載小説でしたが、あまりにものリアルさに、登場人物のモデル達が音を上げてしまい、中断されてしまいました。
ただ、中断しているが故に、投げやりな人物ばかりの、やるせないこの物語が、表現できない程のいいムードを作っているのです。
谷崎は、行き当たりばったりで、小説を書き始めることが多かったらしいです。
ですから、アレっといった無理な展開をする小説も多くあるのですが、結構、それもいい味を出しているのです。ここが、凡庸な作家と違うところなのですね。
『夏菊』は、そんな谷崎の天才ぶりを知ることが出来る小説です。